黒田博子のWorld Publishers Report
あまり知られていない翻訳書のあるページ
投稿日時:2009/10/28(水) 10:30
書店で、あるいは図書館で本を手にとって見る時、あなたならどんなところに注目しますか?まずはタイトルと著者名を見るでしょう。タイトルにぴんと来るものがあったら、袖や裏表紙にまとめられたあらすじに目を通す。それから目次をぱらぱらめくって本の流れを追う。いったいどんな人がこの本を書いているのだろうという興味も湧いてくるでしょうから、略歴を見てみる。それが翻訳書だったら翻訳者の名前や略歴などにも注意がいくでしょうか。
翻訳書を読み慣れている人や出版業界の関係者でもなければ、その存在すら知らないページというのが実はあるのです。本を開くとタイトルページがあり、目次のページに移る前のページの下の部分。あるいは巻末の奥付のページの上である場合もあります。出版社によってその場所は様々ですが、翻訳書の場合には必ず版権表示が義務付けられているので、版権の詳細を記したページがどこかにあります。
版権表示を見ると、翻訳書のもとになる原著のタイトルと原著者名、刊行年はもちろんのこと、翻訳出版に携わった関係者の情報が明らかにされています。つまりその翻訳書の日本語翻訳権は誰がコントロールし(権利者)、どこの仲介の下(日本のサブエージェンシー)翻訳が実現したのか。(直接取引の場合はその旨が表記されます。)そして原著はいつ、どこの出版社から出版されたのかということを示しています。このページを見れば、原書で読んでみたいと思った場合に、そのタイトル、著者名、出版社名などがわかり、入手する際に役立ちます。
外国で出た本の翻訳書はいったいどのような過程を経て出版されるのでしょうか。海外で出版された本を日本語に訳して出したい場合、日本の出版社は日本語翻訳権というものを買わなければなりません。その権利をコントロールしている人・組織(権利者と呼ぶ)は1)著者自身である場合、2)著者のエージェントである場合、さらに3)原著の出版社である場合があります。権利者は日本語翻訳権同様に、世界の様々な言語の翻訳権のコントロールをしています。もう少し細かく言えば、英語の権利の中にも、アメリカだけの場合と北米、イギリス、そして英語圏すべてを含む権利(World English Rights)などがあります。
日本の出版社が日本語翻訳権を買う場合には、仲介エージェンシーを通す場合と、直接交渉をする場合とがあります。権利者の意向と日本の出版社の考え方でどちらにするかは決まっていきます。権利者によっては、日本の出版事情(どのような出版社がどんな本を出しているかを含めた)を知らないので、仲介エージェンシーに任せたいというところがある一方で、自分のところですべて把握して直接交渉したいというところもあります。日本の出版社サイドについて言えば、海外の出版事情に精通していて、交渉の経験が豊富であったり、専門スタッフがいる場合は別として、大抵は仲介エージェンシーの力を借りて権利を取得するところが多いようです。
関心のある海外刊行物があった場合、まずは権利がまだ空いているかどうかを確認しなければなりません。空いていることが確認できた場合には出版社の方で条件を決めて提示します。「オファー」と呼ぶものです。オファーの必須項目は前払い金(アドバンスと呼ぶ)と印税率です。欧米の出版界では著者と出版社が契約する際、出版社は著者にこの前払い金(advance payment または advance against royalties)というものを支払う習慣になっています。アドバンスとは印税の前払いという意味です。著者が次に報酬を手にするのは、出版後本が売れて、印税の総額が契約時に出版社から受け取ったアドバンスの額を超えた時ということになります。このシステムが翻訳権交渉・契約にも適用されるのです。
オファーが権利者に受け入れられれば、契約書を交わし翻訳作業に入るのですが、いつもそうシンプルにスムーズにいくわけではありません。日本の出版社が出したオファーの条件では低いと判断した場合、権利者は対案(counter offer)を出してきます。そのようなやりとりを何回か経てお互いが歩み寄って交渉が成立します。また同じ本に複数の出版社が関心もつ場合も多々あります。その場合は仲介エージェンシーが交通整理をします。エージェンシーによってやり方は様々ですが、期日を決めて全社に一斉にオファーを出してもらって、最高条件を提示したところを日本の代表として権利者との間の交渉に進ませる場合がひとつ。もうひとつは期日は決めず、出版社から出た条件をその都度競売参加の全社に伝え、より良い条件を出す1社が残るまで続けるという方法です。
日本の出版社が海外の書籍の翻訳権を取得するまでの道筋を簡単に記しましたが、翻訳権の契約は取得する側が個人では成立しません。契約の当事者は海外の権利者と日本の出版社であり、翻訳者や翻訳に関心のある人が個人的に権利を買うことは残念ながらできません。また冒頭に記した版権表示ですが、数は少ないですがアマゾンなどのネット上でも表示が確認できる書籍もあります。ネット上でも定着すれば便利なので、是非この動きが広がってくれればと願っています。
プロフィール
黒田博子
上智大学外国語学部英語学科卒業。University of California, Santa Cruzにおいて教育学修士号取得。翻訳権エージェントを経て、現在バベルプレスにて版権業務を担当。
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